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「いのちの選択」
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    この本は、脳死による臓器移植に、反対の視点で書かれた本です。医者や哲学者、歴史学者、様々な人たちによる、脳死による臓器移植についての論文が読め、いのちの尊厳や民主主義の限界などにも言及されていて、とても勉強になりました。

    脳死判定がかなり適当であることと、自分が脳死宣告された時のことを考えると、臓器提供って怖いなと思います。
    精神障害や重度障害者は臓器提供者になるべきだとかいう考えがあることにも絶句。
    痴呆老人の内臓もとってしまったらどうか、とかよく考えられるよな。怖いよ。

    だからって、臓器移植でしか助からない人に、限りある命だからあきらめなさいとは言えないよな。実際自分とか、家族にそういう人が出たら全力で移植してくれる人探すと思うし。

    内臓や命が切り売りされる世の中になったんですね。考えるとなんて恐ろしい現代社会。
    ポストモダンの問題がここにも。
    「わたしをはなさないで」の世界が、このままでは現実に起こりうるかも。

    一章の〈9〉(10)とか得に熱心に読んでしまった。親から虐待を受けて脳死になった子供は、誰が臓器提供の判断を下すのか。親から暴力を振るわれて脳死判定を受けた子供は、何も言えないまま、誰かの判断によって内臓を摘出されて肉体的にも死んでしまう。二回も殺されないといけないなんて、その子が何をしたんや・・・。
    あまり知られていないことですが、受動喫煙防止で知られる「健康増進法」は第二条で、健康であることを「国民の責務」と定めています。それは裏返せば、病気はすべて「自己責任」であり、国や社会には手をさしのべる義務はないということです。誰しもがやがて病み、老い、死んでゆくのに、健康である間だけしか命に意味を見いださない社会ーそれがこの日本の、もう1つの「未来予想図」なのであり、近年の医療や福祉の「切り捨て」は、その未来が現実となりつつあることを示しているのではないでしょうか。
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