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「家庭の医学」
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    家庭の医学
    家庭の医学
    posted with 簡単リンクくん at 2007. 3.13
    レベッカ・ブラウン著 / 柴田 元幸訳
    朝日新聞社 (2006.3)
    通常2-3日以内に発送します。

    いまもっとも身近な出来事でありながら本格的な小説がなかった「介護文学」が誕生。人気のアメリカ小説家、レベッカ・ブラウンが、癌に冒された母親の入院、手術、治療、そして看取るまでを描く。「生きているあいだ、母はいろんなことを心配した。……私たちは母に言った。何もかもちゃんとやっているから、もう休んでいいのだと」〓〓。痛々しくも崇高な作品。

    どこかのブログ様で紹介されていて興味をもった本。
    暗ーい話だけど、表紙がかわいかったし読みたい気持ちのほうが勝ちました。
    母親が癌になって、死を迎えるまでの話です。ノンフィクション。
    一番印象にのこっているのは初めて著者がお医者さんからお母さんの胃の中にあった腫瘍が癌だと知らされるシーンです。
    「この人は母さんが癌だとは言わなかった。腫瘍が、おそらく癌だといっただけだし、腫瘍は取り除けるのだ」
    自分の母親の癌告知を受け止めることがわしにはできるかなあ〜。やっぱり一瞬は都合のいい考えをしたくなると思います。でも結局真実は確実に母親の体を蝕んでいくわけで・・・。死ぬのも怖いけど、おいていかれるのも怖いですYO!!

    他に、終末を自宅で過ごすことができていいなあと思いました。日本て、死ぬのは大抵病院だよなあ。看護婦さんが最期看取ってくれたり。アメリカでは子供が3人代わりばんこに家に泊まって介護。そんなの日本じゃありえないよねきっと。介護休暇とかとれるんだろうか。しかもこのお母さんは自分の死と正面から向き合っています。向き合わざるを得ないほどの状況だったからかもしれないけど。遺言とか自分で残してるしすごいなあと思いますYO!日本より、アメリカのほうが死ぬことを身近に考えているのかな?
    びっくりしたのは火葬のシーン。日本では骨を拾いますよね?わしはおじいちゃんとおばあちゃんの喉仏とかを触りました。でもここでは次の日に灰を受け取ってるんです。それって本当にお母さんの灰がわかんないじゃん!とか思ってしまった。(汗
    しかも散骨。お墓の概念が強いわしには、散骨は憧れはするけど自分はやるかなあ・・・という感じでした。そこで自分は「お墓」というものに価値を見出していることを発見したりしてみる。願い事とかがあると「お墓」に参るわし。「お墓」はわしにとって神社やお寺よりもよっぽど頼りになる神様なのです。いつ死んだかもよくわからない一度も会ったことない赤の他人の菅原道真に頼むより、ずっとかわいがってくれて孫のためならなんでもしてくれたおじいちゃんに参るほうがよっぽどご利益があると思う図々しいわし。
    自分の死生観とか、お墓観とかも考えることが出来て有意義な読書ができました。

    病院はあれもやって、これもやってくれて、という描写はあまりなく、母親がどういう治療をうけて、自分たちがどのように介護したか。何を受け入れたか。その過程、失われていく希望、悲しみ。諦念みたいなものを淡々と描いています。
    ただ悲しいだけじゃなく、色々考えさせられる小説でした。
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