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父の事
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    三月一日、父が逝去しました。73才でした。

    いわゆるポックリ死で、本人は死んだことに気づいてないんじゃないかと思います。

    まだ突然の事で父の事は心の整理がつかないのですが、先天性の身体障害を抱え、椎間板ヘルニアや脊椎管狭窄などさまざまな腰の障害が重なって、最後の一年は痛みで本当に辛そうにしていました。

    腰の骨が一部消失していて、それでよく歩けてると整形外科の先生が驚いていたほど、父の腰はどうしようもなかったようです。

    ただ、腰以外では、頭ははっきりしていて、内臓も特に問題なく、一年前の血液検査でも引っ掛からないくらい健康体でした。

    でもある日、弟と母が起こしに行ったら寝室で事切れていました。

    救急搬送の甲斐なく、自宅でなくなったので警察のお世話にもなり、遺体を引き取ったらあっという間に通夜と葬式で今に至ります。

    死因については親戚も色々と思うことがあったようです。戦中生まれでもともと栄養失調児として生まれ、成長するうちに背骨が変形し、病気も多く、両足の手術なども小学生の頃にしていたそうで、そもそも生まれた時点で父の命のリミットは短かったんじゃないかとか、背骨が曲がってるから高齢になるにつれて内臓に負担がかかったんじゃないかとか、ここ一年ほどは痛み止めなどの強い薬を七種類ほど服用していたので、それも負担だったんじゃないかとか、色々と話題が上りました。

    でも結局のところ、警察医の診断は虚血性心疾患という漠然とした診断結果で、直接の死因はわからずじまいです。そもそも医者を含め誰もこんな時期に父の死を予想していませんでした。

     

    私個人は、父の腰の激痛を考えると、少しホッとしているところもあります。早すぎる死ではありましたが、父は既に自宅で半寝たきりだったので、褥瘡ができはじめていて、既に七種類も痛み止の薬を飲んでいたし、このままいったら腰や褥瘡の痛みはよりいっそう酷いことになっていたのではないかと思うのです。

    あと、母は小柄だったし介護になると大変だろうとも予想していたし、最悪私か弟のどちらかが仕事をやめて両親の介護・・・という未来まで覚悟していたのて、父のあっけない死は母への最後の気遣いだったのかもと思います。

     

    残念なのは、私の3歳になる息子と父との写真が1枚もないことです。

    息子は父の事が苦手で殆ど寄り付かず、父の部屋も毛嫌いしていました。最近になってようやく息子が父に慣れてくれて、膝に座るようになったので、そろそろスマホでツーショット写真でも撮るかな、と思っていた矢先でした。

    最後に実家に帰ったのが今年の1月で、2月は帰っておらず、孫に会いたいと何度も言っていたそうです。

    息子に祖父との思い出がないことが、娘として申し訳ないなと思う今日この頃です。

    それで思いきって、父のお骨拾いに息子も立ち会わせたのですが、通夜も葬式も無邪気に暴れまわっていた息子が、なんとなくわかってしまったようで、「じいちゃんがいない!じいじ真っ白くなっちゃった!」と言って泣き出してしまいました。

    死を直感で感じ取ったのか、それから初七日法要の時は神妙にお経を聞いて、走り回ることも騒ぐこともなかったです。

    母や親戚からはトラウマになったらかわいそうとも言われたのですが、誰しも死を避けて通ることはできないと私は思うので、特に肉親の事でもあるし、息子には幼くても父の死を見届けてほしかったのです。

    式の後、実家で何度も息子が「じいじはどうして白くなったの?戻らないの?」と聞いてくるので、その度に「じいちゃんは極楽にいくために白くなったんだよ。怖いことじゃないよ。極楽にいくことは幸せなことだよ。お念仏をたくさん唱えてもらったから大丈夫だよ」と説明をすると、少し納得できたのか次の日からは何も聞いて来なくなりました。

    そのかわり次の日からは父の本骨箱を指差して、「ホワイトじいじ!ここにホワイトじいじが入ってるよ!開けてみていい?」と聞いてくるので困りました。バチが当たる!と言うと息子が怖がってしまうかもしれないので、色々と言葉を選んだ結果、「キチンとラッピングしてあるからだめよ」と訳のわからないことを言ってしまいました。

    息子は療育に通いはじめてから怖がりなところよりも好奇心旺盛なところがより強くなったようで、色々と聞いてくるのですが、難しいことでもできるだけ答えてやろうと思っています。多分念仏も極楽もなんの事か分かっていないのですが、一昨日は「じいじは極楽に帰っていったの」と言っていました。分からないなりに分かろうとしているので、息子の成長を感じます。

     

    父が死んでつくづく思うのですが、子どもは灯火ですね。

    どんなに辛いときでも進むべき道を照らしてくれます。残された母も弟も私も、寂しさに囚われそうになりますが、息子のために前に進まなきゃな、とそれだけは一致しています。

    今週いっぱいはボーッと過ごして、来週くらいから切り替えていこうと思います。

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