2016.07.29 Friday
息子をデパートの屋上から突き落とされた男が、満を持して犯人に仇討ちをしかけるという出だしで始まる。犯人である中学生の王子は大人を見下し、人の心理を巧みに操って犯行を重ね、ある日男の一人息子をデパートに誘い突き落した。
この”王子”という少年が、いかにも現代にいそうな気持ち悪い少年で嫌悪感を抱いた。
妙に自信にあふれていて、人を見下し、同級生たちに恐怖を植え付けて器用に操る。今まで読んできた小説の中で、一番不愉快な犯人だった。
教師を試したり、友人を自殺に追いやったり、AEDを殺人の道具に利用しようとしたり。王子に加担している少年たちは、恐怖心で抵抗する力を失くし、されるがまま。大人の受けも王子はいいので、チクる勇気も出てこない。
この少年は、中学生とは思えないほど狡賢く、ぶっとんでいる。だが、今時、もしかしたらこんな少年が実在するかもしれない。
筆者のフィクションは、現代の社会問題を巧みに織り込んで進行するので面白い。ついつい読まされてしまう。
そんな王子とは対照的な存在の、主人公で息子を病院送りにされた”木村”は、何か大きな力を隠し持っているのかと思ったら、最期までヘタレでちょっと幻滅。
物語は盛岡行きの東北新幹線内で起こるが、檸檬、蜜柑、七尾、鈴木、スズメバチというキャラクター豊かなメンバーと、最後に登場する頼もしい祖父母たちに、終始ハラハラさせられた。
筆者が描く犯罪は、フィクション作品に収まらない現実味がある。それは、現実の社会問題を巧みに織り込んでいるのと、彼の作り出すキャラクター一人一人の言葉、行動に、現代人が共感する部分があるからだ。
ただ、今回の話は主人公たちが殺し屋なので(業者と呼ぶ)、境遇や行動に関してはあまり共感できる部分はなかったが。
あと、筆者の引用好きは相変わらず。蜜柑の口を借りて様々な本の言葉が出てきた。薀蓄が長いと冗漫になるが、筆者の引用は程よい量で知識欲を刺激される。
小説家の読書量に感嘆するばかり。いつか彼の本棚を観てみたい。そういう企画が既にないかな?
同時多発的に数人の主人公が入り乱れて物語を繰り広げる手法は彼の得意技。書評を読んで、「巻き込み型エンターテイメント」と名づけられていることを知った。
他の作家でこの手法を用いているものもあるが、話の進行のスピード、読者を巻き込んでいく手腕は筆者が一番うまいと思う。退屈する暇が一切ない。
彼の作品を全部読んだわけではないが、初作の「オーデュボンの祈り」に垣間見えた作風の幼さが消え、最近は構成、進行ともに冴えわたった内容を描いている。
■今回筆者は「どうして人を殺してはいけないのか」ということを王子に質問させているが、鈴木という元教師現塾講師の口を使って、彼なりの意見が述べられていた。
国家の経済活動のために定められた決まりなので、国家の都合がかわれば殺人は禁止されないかもしれないということだ。
鈴木本人は、誰にも死んでほしくない、殺人は切ない、と言いながら、人を殺してはいけないという決りは国家の都合だと語った。
この意見についてはなるほどと思うところもありつつ、素直に頷けないところもあるので、自分なりに考えてみようと思った。
*この本は「グラスホッパー」を読了してから読むといい(今作に前作の鈴木が出ているから)けど、知らずに本書から読んでしまった。でも十分楽しめた。