カズオ・イシグロ著 / 土屋 政雄訳
早川書房 (2001.5)
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これって悲しい話?いい話?
わしはすごく読んでいて悲しかった。スティーブンスが不器用すぎて、読んでいてすごくかわいそうでした。
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
ご主人様のフォードを借りて一週間ほどの旅行に出発するスティーブンスは、景色よりも過去の思い出にひたってばかり。ずっと思い出話が続きます。それは決して退屈な話ではなく、歴史の一部をうごかさんばかりの勢いをもったダーリントンホールでの思い出。
物腰穏やかで丁寧なスティーブンの言葉使いは、読んでいて心地よいです。
自分の執事人生に誇りを持っていることと、前の主人ダーリントン卿をとても尊敬していることが伝わってきて、その一徹な執事人生に関心します。自分のやってきたことに何の疑いもない、という誇りと品格。執事ってすごいなあ・・・・。
でも彼の語る話からは、彼の不器用な一面もうかがうことができて、脆さにも気づかされます。肝心の語り手であるスティーブンはそんな自分には気づいていないよう・・・?執事業に徹するあまり、同じ建物の中にいる父親の死に目にあえず、自分の恋心にもほとんど無関心です。大切なことがカラッポだYO!!
今の時代の人間からしたら、執事業よりももっと親の死に感情を動かされてみろよ、とか、そこでミス・ケントンの誘いにのっておけよ!お前一生独身か?とかイロイロ突っ込みたいところ。
読者のほうがヤキモキさせられます。
でも彼は執事の使命と誇りをもってそんなことには感情を動かされまい、仕事に忠実であろうとします。そこがまたわしから見たらイタイ・・・。
たった6日間の旅ですが、そうやって過去を思い出すうちに、最後には全然しらないおじさんにやっと本当の自分を吐露したりする。気づいていたのか。気づかないフリをして生きてきたのか。
このシーンは結構感動。
「卿は勇気のある方でした。人生で一つの道を選ばれました。それは過てる道でございましたが、しかし、卿はそれをご自分の意思でお選びになったのです。少なくとも、選ぶことをなさいました。しかし、私は・・・・・・私はそれだけのこともしておりません。私は選ばずに、信じたのです。私は卿の賢明な判断を信じました。卿のお仕えした何十年という間、私は自分が価値あることをしていると信じていただけなのです。自分の意思で過ちをおかしたとさえ言えません。そんな私のどこに品格などがございましょうか?」
ずっと執事人生をたどってきた後にこの台詞。あれだけの誇りと自負をもってやってきた執事業でしたが、とうとうダムが決壊。スティーブンスの心に穴がぽっかり開いていた様がひしひしと伝わってきて、泣けます。
この人はずっとずっと一人ぼっちだったんだよ。自己完結の悲しい人だよ。
なんて悲しい話!!!と悲嘆にくれるのもつかの間、知らないおじさんはスティーブンスに
アドバイスをくれるのです。おじさんの穏やか台詞に感動・・・。
夕方は、日が沈む悲しい時間だとばかり思っていたけど、脚をのばしてのんびりする、一日でいちばんいい日だとおじさんはいいます。わしはこのおじさんの言葉に目からうろこ。そうかあ。夕方はホっとできる一番いい時間なんだ・・・。
スティーブンスじゃないけどなんか元気付けられた感。
スティーブンスはいつもの日常にもどり、執事として新しい主人のためにアメリカンジョークの研究に余念がありません。すっごくさぶいギャグしか言えてませんが・・・。それでも以前の悲しいスティーブンスではないと思いました。
一徹で、不器用で、寂しい人だけど、ちょっぴりチャーミングな洗練された紳士。
スティーブンス。
なんか、読んでよかったなあ。「ありがとう」と言いたい。